らせん

とかげ (新潮文庫)

「私はきっと何もかもにあなたのことを見つけて、必ず思い出すわ。」
歩きながらふいに彼女が言った。
「たとえ忘れちゃったとしても。」
「何もかもって?」
「だって一緒にいろんな物を見て、いろんなものを食べたわ。だからこの世のどの風景にもあなたの面影はうつしだされる。通りすがりの、生まれたての赤ん坊。ふぐさしの下に透けるお皿の鮮やかな模様。夏空の花火。夕方の海の、月が雲に隠れるとき。テーブルの下で誰かと足がぶつかって、ごめんなさいと言うとき、人にやさしく物をひろってもらって、ありがとうを言うとき。今にも死にそうなおじいさんがふらふら歩いていくのを見たとき。街中の犬や猫。高いところから見た景色。地下鉄の駅に降りていって、なま温かい風を顔に受けたとき。真夜中電話が鳴ったとき。他の誰かを好きになったとき、その人の眉の線にも必ず。」
「それって、生きとし生けるものってこと?」
「うーん....。」
彼女はまた目を閉じ、そしてそのガラスみたいな瞳をこちらにまっすぐ向けて言った。
「ちがう、私の心の風景のこと。」